JBL で Bach を...

JBL4343のマルチシステムの話題を中心に

キルンベルガーIII音律

 BachはWerckmeister IIIかそれに近い音律を用いていたと考えられているが、Bachの弟子の一人であるキルンベルガーはさらにそれを進化させ、現在でもKirnberger IIIとしてオルガンなどにも使用される音律を開発した。

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音楽迎賓館のオルガン Kirnberger III調律

 ピタゴラス音律での長3度は、¢408で中央のド~ミを鳴らすと約16Hzくらいのうなりが生じ、かなり耳障りだった。平均律でも¢400で10Hzほどのうなりがある。ヴェルクマイスターでは最小で¢390、うなりにして3Hz以下と純正長3度の¢386 に迫るかなり澄んだ響きを実現していた。キルンベルガーではオルガン曲の終止音などの数秒もあるような長音での「純正」の長3度を実現することにこだわったようだ。

 純正の長3度を実現するためには基音の5倍音と4つ上の5度音程がマッチしなければならなかった。4つの完全5度と2オクターブ上の純正長3度の差がシントニックコンマだった。このシントニックコンマを例えば4分割(周波数では4乗根)してその分4つの5度を圧縮してやれば、純正長3度の2オクターブ上の音にピッタリと協調するというわけだ。

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純正の完全5度から1/4シントニックコンマを引き、4倍し2オクターブ下げる。

701.955 - 21.506/4 =  696.5784

696.5784 x 4 -1200 x 2 =386.3136

となり純正の長3度になることが確認できた。キルンベルガーではC~G、G~D、D~A、A~Eの4つの5度を¢696.5784として並べるとC~Eが純正の長3度になる。

 これではまだ完成ではなく、ピタゴラスコンマも考慮しなければならない。ピタゴラスコンマからシントニックコンマ分だけ減っているのであとその差分(Schisma)だけひとつの完全5度から減らす。これで7オクターブが完成する。

Schisma = PythagoreanComma - SyntonicComma = 23.46 -21.51 = 1.9537

701.955 - 1.9537 = 700.00  これをF#~C#の5度に置いている。

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ヴェルクマイスター音律

 ヴェルクマイスター(Werckmeister)音律はBachより少し古い時代の音律で、BachのClavier曲集など12音を多用する音楽にも対応できるとされている。12個の5度のうち8個の純正な完全5度を、残りの4個の5度にピタゴラスコンマを4分割して圧縮して詰め込んだ形となっている。8つの純正5度(¢702)と、¢702から1/4ピタゴラスコンマの¢6を引いた¢696の4つの狭い5度で7オクターブが構成されている。

702 x 8 + 696 x 4 =8400 = 1200 x 7

 また、狭い5度を並べて使うことによって、ピタゴラス音律の広い長3度(¢408)を狭めて純正長3度(¢386)に近づける効果もある。例えばハ長調のド~ミの場合は、Cから5度上を4回繰り返すと2オクターブ上のEになるが、ここに狭い5度の¢696を3個並べると、Eのセント値は

696 + 696 + 696 + 702 -1200 x 2 = 390

となり、よく使うであろうハ長調の周辺の調での長3度を、かなり純正に近付けることができる。なぜ¢696を4つ連続で並べないかだが、4つ連続にするとひとつの3度が¢394になってしまい純正長3度より狭くなってしまうのと、周りと平準化することを図ったのではないかと思われる。

 

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シントニックコンマ

 ピタゴラス音律で生じた「しわ寄せ」であるピタゴラスコンマだが、これをなんとか12の音階に平均化して振り分けたのが平均律だった。これにより12音が1オクターブ内にめでたく収まった。しかし、ピタゴラス音律での一番の優位点だった純正の完全5度

(¢702)が平均律では(¢700)となって完全な純正さというものが失われた。平均律ピタゴラスコンマによる不純度を均一化し、少し聴いただけでは気が付かない程度に妥協したものとみることができる。

 現代、平均律が普及したにも関わらず、バロック音楽を中心に古典音律が根強く好まれるのは、古典音律のもつ澄んだ和音の響きが求められるからだろう。24の調性を均等に使わない音楽だけを演奏するのであれば、めったに使わない調性にピタゴラスコンマのしわ寄せを追いやってしまう、というやり方も古くは行われてきた。5度圏で隣り合う3つの調、例えばF、C、Gでハ長調の主要3和音のファラド、ドミソ、ソシレができる。ハ長調から属調下属調に転調してBbやDに拡張したとしても、#やbがたくさん付く調には縁がないのでここにしわ寄せを追いやってしまう考え方だ。例えばミーントーンは、ハ長調付近の純正長3度を重視し、生じた大きなしわ寄せを5度圏の反対側に押しやった。これでも演奏する曲を選べば純正な澄んだ響きが得られただろう。

 純正の長3度は例えばドとミではドの5倍音(第5高調波)とミの4倍音が協調すれば濁りのない澄んだ響きになる。ところがこれまた残念なことにピタゴラス音律ではドから5度上を4回繰り返して出てきたミの音はドの5倍音とはズレている。ピタゴラス音律で2オクターブ上のミで

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純正長3度はドの5/4倍のミの2オクターブ上で

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となり、81:80=1.0125異なる。この違いをシントニックコンマ(syntonic comma)と呼ぶ。ピタゴラス音律でのEはセント値で

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純正長3度は

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となり、シントニックコンマの¢21.506の差がある。5度では純正だったピタゴラス音律だが、3度ではかなりの唸りを生じてしまう。

 

 

 

 

平均律

 言うまでもなくJ.S.Bachの作曲した旧約聖書とも称される傑作、平均律クラヴィーア曲集(Das Wohltemperierte Clavier)だが、ここでの平均律は音律で言うところの平均律(equal temperament)とは異なるとされている。Wohltemperierteは英語ではwell-temperedで、よく調整されたという意味だそうで、Bachが意図し、使用したであろう音律というのはより古典音律に近いものとされている。平均律クラヴィーア曲集は24のすべての調性での「前奏曲とフーガ」という組み合わせで構成されていて、均等(対称)な音律である平均律で演奏される前奏曲とフーガよりも、不均等な古典音律による演奏のほうが、調性の違いにより、より固有で個性的な響きが強調されるのではないだろうか。

 さて音律としての平均律の話であるが、基準となる周波数f0から半音にしてn番目の音の周波数は

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で表される。n=12番目は1オクターブ上になるので2f0で2倍の周波数になる。基準となる音の周波数からの相対的な音程は対数を用いて直感的に理解できる値:Centを導入する。

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fnがf0の1オクターブ上だとするとf12=2f0なのでC12は1200になる。同様に平均律での半音はn=1でC1=100、長3度(ド~ミ)はC4=400、5度(ド~ソ)はC7=700となり、平均律のすべての半音は100セントで均等になり、直感的な数値となる。

 ではピタゴラス音律ではセント値どうなるかというとピタゴラスの5度は3/2倍でハーモニクスがピッタリ合うので完全5度と呼び純正な響きとなるが、セント値は、

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ピタゴラス音律ではピタゴラスコンマ分のしわ寄せが問題だったがこのピタゴラスコンマをセント値で表すと

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平均律の考え方はある意味でこの余剰分であるピタゴラスコンマを12個の5度に均等に振り分けてしまおうというふうにも考えられる。

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これは平均律の5度(¢700)と完全5度(¢701.955)の差に等しくなっている。また周波数関係でも同じことで12等分することは12乗根を求め、その分公比を圧縮してやることになるので同じ結果になる。

 

 

 

 

 

 

 

ピタゴラス音律

 アップライトピアノの弦は低音用としては一つの音に対して1本の弦が割り当てられていて、一つのキーを叩くと1本の弦が振動して音が出る。中音は一つのキーにたいして2本、高音は3本の弦が張られている。2本の弦の場合、2本の弦からの音が同じ周波数となるようチューニングピンを回してテンションを調整する。これら2本の弦からの音の周波数がピッタリと一致するように合わせ込むことをユニゾン調整という。これらの周波数がズレていると周波数の差の周波数で「うなり」を生じ、いわゆるホンキートンク的なサウンドになる。このユニゾンでの周波数のズレはごく少量であれば意図的にずらすこともあるようだが、限度を超えてズレると不快な音になる。

 基本的にはこのようにピッタリ合った音を人間は生理的に美しいと感じるので、音楽としては有用なサウンドになるというわけだ。ユニゾンの場合は同じ周波数(ピッチ)だが、異なる周波数ではどうなるかというと、弦楽器のように倍音(高調波成分、Harmonics)を持つ場合は2つのピッチの整数倍の倍音が協調すれば、美しいハーモニーだと感じることになる。

 例えばC(ド)とその上のG(ソ)は音楽で言うところの5度離れているが、周波数としてはCの3/2倍の周波数がGの周波数になる。Cの持つ3倍音とGの持つ2倍音が同じ周波数で協調すればピッタリ合った美しい音と感じられるというわけだ。

 ピタゴラスはこの5度音程を拡張してゆくと1オクターブを構成する12音を定義づけることができることを見出した。例えば、基準となる音をAとすると、Aの5度上のE、Eの5度上のB、とこのようにしてどんどん上へ積み上げてゆくと、オクターブを構成する12音をすべて網羅した後、12回めには、A→E→B→F#→Db→Ab→Eb→Bb→F→C→G→D→A

とAに戻ってくるが、最初のAに対して7オクターブ上のAになっている。これは音楽をやっている人ならご存知の5度圏という円周を一周して戻ってくると考えれば良い。

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ここから出てきた12音を適度にオクターブでスケーリング(2倍、1/2倍)すれば1オクターブ内に収めることができる。こうしてできた12音階だが、理論的にもシンプルで美しく、当時は神の音楽を奏でるのにふさわしい音階だと思われていたのだろうか。だが、このように5度で構成した音階は、オクターブ(8度)にきちんと収まらないという問題がある。例えばA0(fA0=27.5Hzとして)から出発して5度を12回積み上げたA7は

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となるが、A0の7オクターブ上のA7は

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となって残念ながらピッタリ合わない。これを無理やり合わそうとするとどこかにしわ寄せが起きて間隔が狭い5度ができてしまう。このしわ寄せを数値的に表したものがピタゴラスコンマと呼ばれ、2つの異なった周波数の比で表される。

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この狭い5度は、聞き苦しい濁った5度になり、ウルフ(wolf:狼)5度と呼ばれ、音楽的ではない。このため、これを改良すべくピタゴラスコンマを平均化して振り分けるなどの工夫をして後に様々な音律が考案された。

バロックピッチと古典音律

 古典音律やピッチについて色々興味が湧いてきたのでネットを調べるうちに情報がたまってきたので備忘録的に整理して行こうと思う。

 現代のピアノのピッチは国際的にA=440Hzという基準に基づいているため、様々な楽器でのアンサンブルで使用することができる。ただ最近はA=442HzとかA=444Hzとかでピアノを調律することが多々あるとのこと。また、欧州のオーケストラのピッチも高いと言われており、ベルリン・フィルはA=445Hz付近とのことで、高いほうが華やかに聞こえるそうだが私にはよくわからない。

 先日弾かせてもらったチェンバロではトランスポージング機能が付いていて、これは鍵盤の付いているユニットをまるごと左に半音、または全音の幅だけずらすと、今までAの鍵盤を押すと、Aの弦を弾いていたものが、その左隣りの弦が弾かれるので鍵盤一つ分ずらせば半音、2つ分ずらせば全音低い音が出る、という仕組みだ。したがって、A=440Hzで合わせていた場合、半音下にトランスポーズするとA=415Hz(バロックピッチ)、全音下だとA=392Hz(ベルサイユピッチ)になり、ピリオド楽器とのアンサンブルが可能になる。

 ただし、このようにトランスポーズした場合、平均律ならば問題ないが、古典音律で調律されている場合は、各音階の間隔が不均等なため、その音律に合った調律をやり直さなければならない。そういうこともあってあまりトランスポーズしないでくれ、というのも理解できる。

 実際の演奏では、知る限りバロックピッチに調律されたピアノというものはなく、バッハなどをピアノで演奏する場合は標準ピッチになる。チェンバロの場合はというと、最近はバロックピッチでの演奏がほとんどのようだが、同じヘルムート・ヴァルヒャの演奏でも標準ピッチの録音もあり、バロックピッチでの演奏と両方を使い分けているようだ。ベルサイユピッチでの演奏もたまに見かけるが、これは特別な理由があるのだろう。

チェンバロの調律

 世田谷の岡本町にある音楽迎賓館でチェンバロを弾かせていただく機会があり、フランスバロック風モデルのチェンバロの音色と、木材を多用したホールの良い響きを堪能した。このチェンバロは2段鍵盤の本格的なもので、このホールでの演奏会で活躍しているものだ。

 聞けばチェンバロという楽器はピッチが狂いやすく、ピアノよりもはるかに頻繁に調律しなければならず、通常は演奏者自ら演奏の前に調律するものだということだ。ピアノの調律ならば自宅のピアノをいじくり回すことはあっても、チェンバロはもちろん調律の経験がない。はたと困って当日までにいろいろにわか調べをして、スマホのチューナーアプリを携えて臨んだが、心配そうに怪訝な顔で覗き込む館長が見つめる中、幸いにもたいしてピッチが狂っていなかったので、調律をせずに事なきを得た。ww

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チェンバロ  音楽迎賓館にて

 また、基準のピッチは通常のA=440Hzではなくバロックピッチと呼ばれるA=415Hzであることや、音律に関しても平均律ではなく古典音律を採用することが多いということだ。このチェンバロはトランスポージング機能と言ってピッチ切り替えができるタイプのようだが、前出の館長によると当館では415Hzだ!とおっしゃるのでこれも触らずにおいた。そんな中、そもそも音律はピタゴラスの時代からいろいろな変遷を経て今日、平均律が普及するに至っているが、未だに生き残っている古典音律というものにも興味が湧いてきたので、少し調べてみようかという気になった。

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